2013-05-20

なぜ、キャンバスで折り鶴なのか!?

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なぜ、キャンバスを切って、折り鶴を作ったのか。

空間とのつながり。
祈りとのつながり。
物質と祈りのつながり。

まず、何年か前から、やってること。

アーモンド型に、キャンバスを切って、それを燃やす。
それは、空気中に拡散し、空間と融合する。
切り取られた空間は、作品と繋がりつつ、無限に広がり、
一つになる。

また、聖書に出てくる、
トマスの不信心で、復活したキリストの傷口に指をいれるシーン、
にも関連づけている。
宗教は、色々あれど、信じる事の重要性は、どこも一緒だ。
平和への祈り、信じること、は共通してる。
人にとって、大切なのは、信じること。

そんなことを考え、形にした。

そもそも、私にとって、キャンバスは、
キリストの磔と、リンクしている。
木、釘、布、見られる状況。

鶴にしたのは、色々やって見た結果だ。
複雑なものは、
この折り紙凄いでしょ!っていう、技術が全面にくるので無し。
そんなことが、言いたいわけでは無い。

カブト、カエル、舟、など、色々やって見たが、
飾った時に、ペタっと成るのは避けたい。
どこかしら、本体と、繋がっていたかった。
後、
空間に飛び込む感じが欲しいし、
鶴は、祈りとの関連が深い。

アーモンド型に、カットで、十分意味付けは、
出来てるのに、なぜ、そこまでしたのか?

重力や、設置の仕方で、変化する表情。
決められた枠組みからの跳躍、新たな命。
この辺も、キリストの復活とリンクしてる。

もう一つ、いい感じのがあったが、
微妙にコンセプトがずれるのと、
今回の展示では、
鶴との相性が悪いので、止めた。

いつか、制作すると思う。


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before




after




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