2019-04-30

アイチアートクロニクル関連










アイチアートクロニクル関連:

アイチアートクロニクルの山本さつきさんのテキスト見て、ふと昔のこと思い出す。サラリーマンの頃(25歳/1994)、評論家の三頭谷鷹史(8号室と言うオルタナティヴスペースに参加)さんに誘われ、犬山(岩田洗心館・館長岩田正人)で行われていた一金講座(第一金曜日にアート講座をする。そこで、
名古屋のアートシーンは学んだ。)に2年くらい通ってそのまま犬山にいつく。岩田さんが所有していた格安アパート(幽霊屋敷と呼ばれていた)に住み、脱サラしその場所をキワマリ荘(一棟貸切)として運営していく。私は無自覚にオルタナティブアートの系譜を勉強(体得)をしていたことになる。
その頃は、名古屋のアートシーンが世界の全てだった。その世界をどう解体し再構築していくのか、そればかり考えていた。やりたいコトをして認められるために何をすべきか考えていた。懐かしい。


1998年頃に、批評家の方に「作家のギャラリーや週末ギャラリーはあるにはあったが、定着させたのはキミの功績」と言われた。キワマリ荘は展示期間が2ヶ月で週末オープン、企画展は入場料をもらった。展示のアーカイブは全て揃っていた。気づかなかったが、一番大きなスペースが談話室(サロン)だった。


愛知県美術館の吹き抜けにある、北山善夫さんの巨大な作品の制作と展示の手伝いをしたなぁ。建築法か何かで普段使ってる竹と和紙では制作できなくて、グラスファイバー使ってるから接着にえらく苦労した記憶がある。京都に2~3ヶ月籠ってた。

そのあと桜画廊(伝説の名古屋の現代美術画廊)の展覧会の手伝いもした。北山善夫さんにはかなり影響を受けてると思う。だからキワマリ荘(犬山)に遊びに来て、新聞の作品見てもらって「これはあり」と言ってくれた時は嬉しかった。


2002年にキワマリ荘(犬山)に「学生画廊」っていうのがあって、愛知県立芸術大学、名古屋芸術大学、名古屋造型芸術大学の三大学の学生で運営していた。これすごいと思う!。で、メンバーの山崎くんが県芸にギャラリー作らなかったっけ!?




名古屋にいた時、本当にすごい作家だと思った栗本百合子さん。栗本さんは本当にアーティストを信じていた。アートの世界に居た。私もそこの住人になりたいと心から思った。誰にも言ってない家族の事や、制作の悩みとかよく聞いてもらった。とにかく白い光で包まれてて、それが作品に成ってる人だった。


栗本百合子さん、展示する時は、「ずっと会場の中に居て水が溜まるまでじっと待ってる。」って不思議なことを言ってたな。でもその展示の仕方(考え方)とか、間違いなく影響受けてる。



アイチアートクロニクル関連:6章桜画廊とその周辺」を読んでて、石黒鏘二 (当時は先生で学長)さん思い出した。ふらっとキワマリ荘(犬山)に、たまに来ては「頑張ってね」って、一万円の入った封筒をくれた。改めて今思うと胸が熱くなる。


アイチアートクロニクル関連:キワマリ荘」ってアートで括ると(まだ)扱い難しいんだな。ART DRUG CENTERで進めてる。そういえば、マイクロポップの時も、キワマリ荘には一切触れてなかったな。確かにART DRUG CENTERはギャラリーだけど、キワマリ荘って!?とはよく言われる。